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■彷徨える賃借人  
 
そもそも編
 
   
   
   
     
  ■1414 project  
   
   
   
   
   
     
神戸→南森町→駒沢→築地… 居酒屋住宅ができるまで。
そもそも。
東京へ引越しすることが決まったのは、2001年2月18日、日曜日。
何の前触れもなく。
青天の霹靂とは、こういうことか。

折しも受験シーズン真っ只中。
私立大学の合格発表が終わったばかり。
街の不動産屋という不動産屋は、「受験生+その母」で埋め尽くされていた。

下北沢、駒場東大前、三軒茶屋、恵比寿・・・
昼過ぎから夕方まで何軒の不動産屋を覗いただろう。
緊張感と人いきれでエネルギーを使い果たし、その日は埼玉の叔母の家に戻った。

さて。
翌日、叔母・叔父・いとこたちに見送られ、気を取り直して出直し。
昨日見て回った中では、何となく下北沢が気になる。
ということで、渋谷のコインロッカーに荷物を放り込み、とりあえず下北沢へ。
でも、今ひとつテンションがあがらない。
何でだろう?
昨日の疲れが取れない年になってしまったのか!?
それとも関西人の東京に対する偏見で疲れてしまったのか?

街角の不動産屋に貼り出してある物件を覗きはすれども、店内に入る元気が湧いてこない。

東京という街は、アップダウンがある。
そして、道は直角に交差しているわけではない。
碁盤の目のように敷かれた道路に慣れた身には、方向感覚を狂わせられる。
どっちに向かって歩いてるんや?と不安に思い始めたころ、駅が見えた。
手前には不動産屋の看板がある。
えぇっい、煙草も吸いたいし、入ってしまえ!

隣の客。
店内には学生さんらしきお客が一人。

「いらっしゃいませ」
いかにも不動産屋の営業スマイルを浮かべたお兄さんに迎えられる。
私のような客はいいカモなんやろうなあ。
少々自虐的な気持ちになったせいか、肩の力が抜けた。
「お待たせしました」
出てきた別のお兄さんは、大阪でお世話になった先輩にそっくりで、“信用してもえぇかもしれない”と思ってしまう。
・・・単純。

「どうのような物件をお探しですか?」と尋ねられ、正直に言う。
その1.関西人なので東京のことはよくわからない。
その2.早くこちらに引っ越してこなければならない。
その3.できれば勤め先まで自転車で通える距離。
その4.家賃は10万円以下。

隣の客 2。
隣の席では、例の学生さんが“どうしても下北沢、家賃が安く、でも条件のいいところ”とねばっている。
それに応対する営業スマイルの消えかけているお兄さんは
「難しいですねぇ。いまは受験シーズンですからどんどん決まってしまうんですよ。
昨日は日曜日だったから、すごいお客さんでねぇ。
いいと思った物件は、1時間後にはもう契約されちゃってるっていう状態なんですよ。」

訳すと、“早よ決めんかい”と脅してる?
お客に対してその態度はないやん!
かわいそうな学生さんは、
「また来ます・・・・・」
と、声も肩も落とし、出て行ってしまった。

俄然真剣。
さて、私。
先輩に似たお兄さんが資料を抱えて戻ってくる。
(このお兄さんを”T兄さん”と名付けることにする)
そのT兄さん曰く、私の言う条件が明確なので探しやすい。
「下北沢よりも、東急田園都市線沿線か、祐天寺辺りがいいのではないでしょうか?」
と路線図を指しながら説明してくれる。
ふ〜ん、なるほどね。
親切な応対に好感度上昇。

「パソコンでも調べてみますから、お客様はこの資料をご覧になっていてください。」
そう言って、田園都市線沿線の資料を渡される。
もとからこのテの資料を眺めるのが好きな私は、かなり真剣に見始めた。

大阪のマンションごと引っ越したい・・・
当然のことながら、全体的に家賃は高い。
今住んでる大阪のマンションは、
・建築家の建てたRC造8階建ての6階
・梅田まで1駅(自転車で10分。タクシー要らず。)
・日当たり超良好(東向き。朝日がまぶしくて早起きの習慣がついた。)
・1DK 25平米 管理費・水道代込み
で8万円切ってんのに。
(そりゃ関西人やから、4年前の契約の時に数千円ほど負けてもらったけど)
ちょっと手狭になってきたけど、この”住処”はすごく気に入ってたのに。
ああ、このマンションごと東京に引っ越したい・・・

一人暮らしも長けりゃ荷物も多い
優先順位を考えることにする。

第1位 広さ   この歳になって20平米のワンルームには住めない。
第2位 家賃  10万円以上は出せない。
第3位 場所  自転車で通勤できること。できれば下町。
第4位 間取り 収納が多いこと。一人暮らしを長くやってりゃ荷物も多い。
そして絶対ガスキッチン!電気で料理ができるか!
第5位 環境  駅に近くて、日当たりが良ければ言うことないんやけど・・・
でも、そんな贅沢は言いません、言えません・・・

けど、1位から4位までの条件ははずされへん!
半分は希望を込めて、残りの半分は意地で資料をめくる。
やはり最初に目に飛び込んでくるのは間取り。
8割方ワンルームマンションで占められてるんやないの?
20平米ほどで、小さなキッチンのついた例のヤツ。
そんなんは飛ばす飛ばす、どんどんめくる。
最後まで見終えて、まぁええかなと思ったのは2件。
たった2件と言うべきか、2件もあったと言うべきか。

二人目の隣の客
第1位  駒沢大学駅近くの30平米・1DK。
収納が2間分!それは素晴らしい!
キッチンもそこそこ広い。そしてバス・トイレ別。
でも1階なんやなぁ・・・。ちょっと怖いなぁ。

第2位 桜新町の25平米・1DK。
やはりちょっと狭い。収納が小さい。キッチンが狭い!
この設計は男性なんやろうなぁ・・・
自分の家で料理したことないんかいな。
そんで、会社まで自転車で行くにはちょっと遠いか・・・

この2軒をファイルからはずし、T兄さんを待つ。
私が一心不乱にファイルと格闘している間に、新たなお客が登場していた。
30歳前後の男性。
聞くともなしに聞いていると (訂正:耳ダンボでした。)
この春大学生になる妹の部屋を探しているという。

隣の客は怪しい客
30歳前後の男性は、この春大学生になる妹の部屋を探しているとのこと。
条件その1 絶対マンション
その2 絶対2階以上
その3 間取りは1DK以上
その4 オートロックつき
その5 家賃は気にしない
その6 まだまだ続く・・・

ええなぁ・・・
金持ちぃ・・・
応対する不動産屋の人は、先ほど学生さんを相手していた営業スマイルのお兄さん。
学生さん相手のときとは打って変わって、満面営業スマイル!
現金なもんやねぇ。
でも、ほんまに“妹”の部屋を探してるんか・・・?
条件は、どんどん膨らんでゆく。
そして、急いで決めるつもりはないと言う。
(普通、この時期の学生さんの部屋探しといったら、急ぐやろ。)
そういえば服装も何となく崩れた派手さがある・・・
もしかしてもしかするのか?

一長一短
想像が膨らみ始めたときに、先輩似のお兄さんが何軒かの物件を持って現れる。
その一軒目が、池尻大橋の28平米・1DK。
おぉ、会社に近い!渋谷にも近い!
そこそこの広さ。
ちょっと収納が少ないけど。

詳しいことを聞いてみると、まだ工事中で入居が4月半ばになるという。
でも、もうすでに順次入居予定者が決まっているそうで、残りは1、2階や家賃の高い部屋となっている。
ぐらりと心が揺れる。
会社には、入社を4月半ばまで待ってもらおうか・・・
いやいや、あかん。
“決めたら即実行”のフットワークの良さが身上やろ!
それに池尻大橋はなんとなく“谷間”な感じで、あんまりいいイメージ持ってないやん。
そう自分に言い聞かせて、た〜っぷり未練を残しつつ、あきらめた・・・
その他の物件は、遠かったり、狭かったり、一長一短。
というわけで、「第1位 駒沢大学駅近くの30平米・1DK」を見に行くことにする。

一般的関西イメージ
私はそれほど愛想のいいほうではない。
話題も豊富とはいえない。
親しくない人とは特に。
その上、ここは東京ときたもんだ。
でも、先輩似のその顔と一生懸命なその気使いには感謝する。

T兄さん「阪神ファンですか?」
私(野球には全然興味ないけど)
「いやぁ、関西人だと阪神ファンっていうイメージですか?」
T兄さん「大阪って食べ物がおいしいんですよね?」
私(たこ焼きとお好み焼きと言わせたんやろか?)
「う〜ん、どうでしょうね・・・それだったら、京都とか神戸のほうがいいんじゃないでしょうか?」
T兄さん「関西弁って、いいですよね。」
私(ほんまにそう思ってる?吉本のイメージがあるんちゃう?)
「そうですか?結構きつい感じがしませんか?」
T兄さん「この辺りは、ほんといいところですよ。静かだし、買い物も便利だし。」

この道は、いつか来た道
ふと外を見て、思う。
この景色、さっき見た。
もしかして、T兄さん、一生懸命しゃべってるけど、道に迷ってる?
そういえば、目も道路標識を追うように落ち着かない。
調子を合わせてしゃべってたけど、ちょっと黙ろう。

案の定、車を道路の脇に寄せて地図を見る。
「すみません。ちょっとわからなくなってしまって・・・」
素直でええがな。
地図と道路標識を見比べ、「ここがこうだから・・・」と、ひとりごと。

周囲は一戸建ての住宅街で、軒が低い。
スーパーなんてものはなさそうで、花屋と雑貨屋が一軒ずつ。
ちょっとこれからの日常生活に不安を覚えはじめたところで、「よしっ。すみません、わかりました。」
そう言ってT兄さんが再び車を発進させると5分ほどで目的地に着いた。

高級住宅街の”アパート”
大通り(駒沢公園通りというらしい)から一本奥に入った“閑静な住宅街”。
周りの家は平均して100坪くらいで区画分けされてるんやろうなぁ。
前方には豪華なマンションが見える。
いくらなんでも、ここではないやろう。
ということは、その手前のタイル貼りのマンション?
それならラッキー。掘り出しモノ!
と期待を膨らませようとしたら、
「こちらです。」
タイル貼りマンションの奥に、隠れるように建っている“どう見てもアパート”。

やっぱりな・・・。
一瞬でも期待した私がアホやった。

そこへ、ちょっと派手な服装のお兄さんが登場。
この人は管理会社のお兄さん。
どうして不動産関係の人の服装って妙に派手なんやろう?
と不信感を抱いたけど、ここまできたらもう無視。
いざ、いざ中へ。

やっぱりなぁ・・・
むむっ、インターホンじゃないっ!
玄関扉の横についている“ピンポン”を見ると、「♪」マークのついたボタンしかない!
いややなぁ。
セールスとか変な勧誘が来たら、どないしょう・・・
居留守使うか・・・
そうや、鍵!最近ピッキングが大流行してるらしいから、鍵穴が横になってるピッキング防止錠にしてもらわんと!
と思ったら、ちゃんと横向きの鍵やった。ほっ。
でも、このドア大丈夫か?
スチールドアのくせに、な〜んとなく薄っぺらな印象を受けるんやなぁ。

ドアを開けると、薄暗かった。
やっぱりな・・・。
玄関の三和土と部屋の床面との差が3cmくらいしかない。
やっぱりなぁ。
玄関入ってすぐの部屋はダイニングキッチンで、床材はビニール床シート。
やっぱりなぁぁ。フローリングを期待してたわけやないけど。

ここでも一長一短
ダイニングキッチンはそこそこ広く、これならきちんとテーブルを置ける。
今の家は、1DKといってもテーブルが置ける広さじゃなかったから、困っていた。
これはいいかも。
そしてバス・トイレは別。
でも、バスルームは洗面兼用。
洗面の所がお風呂の洗い場として使えるようになってるけど、あんまり意味ないやん。
毎日お風呂入った後に、床やら壁やらに残った水滴を拭かなあかん。
それは面倒くさいやろ、と思う私は不精モンか?
あと、扉の位置が気に入らん。
こんな所に扉付けたら、食器棚とか置く場所ないやん。

おおっ!洗濯機置場が室内にある!(今の家はベランダに置くようになっている)
洗濯機が傷まずに済むし、雨の日でも寒い日でも、お風呂上りに洗濯物を放り込める!
さすがに4年もベランダに置いてあった洗濯機は、機能に支障はないものの、劣化が激しい。
それに雨が降ると、洗濯槽の中に雨水が溜まって、洗濯物はぐっちょり・・・
これはワビしい。
干した洗濯物が雨に濡れるより、ワビしい。

まあ許せる?
奥の部屋は、想像していたより広かった。
天井に梁型が出ていないから高く感じる。
クーラーはついてる。(古そうだけど)よし。
床は、“フローリング調”ビニール床シートだけど、まあ許そう。
掃除もしやすかろう。
緑がかってるけど、まあ許そう。
持ってくる家具はブルーのソファとか、黒の本棚だから、合わんことはないやろ。

決め手
そして、収納。
これは素晴らしい。
2間分床から天井まで丸々収納。
一間分はハンガーレールが付いていて、ロングコートもOK!
何より奥行きが広いんでないかい?
普通、クローゼットというと奥行きが70cmくらいだけど、押入並に深いような気がする。
コンベックスを持って来ればよかった・・・
今持ってる衣装ケースがそのまま入るかもしれない。
一間分は洋服専用にして、もう一間分は布団とその他のものを入れる、と。
もしかしたらテレビも、パソコンデスクも入れてしまえるかもしれない。
そしたら、部屋に置くものはソファと本棚だけ。
素晴らしい!
この収納を見て、ここなら住んでもいいと思った。

太陽を甘く見たらあかん・・・
時刻は午後2時。
太陽は少し西へ寄っていて、日は差さず、部屋は薄暗い。
窓が東向きということで、朝は日が入るという。
その言葉を信じた。
信じてしまった・・・

現金なし、キャッシュカードなし、免許証なし、印鑑なし・・・
不動産屋に戻る途中で、ハタと気が付いた。
今日の持ち物、財布・携帯・煙草・ライター。以上。
現金は2万円くらい。銀行のキャッシュカードなし。免許証なし。印鑑なし。
これでどうやって契約する?
残りの荷物は、すべて渋谷のコインロッカーの中。
その荷物を掻き分けても、現金は6万くらいか。
預金額の大きい銀行のカードは大阪にある。
クレジットカードでは、払えない・・・か。

「すみません・・・な〜んにも持ってきてないんですけど、契約できますか?お金も、印鑑も、免許証も」
とりあえず聞いてみると、信用しますという返事。
ただし、契約をやめると言い出さないこと。
事務所で契約に関する話を聞いている時、その物件に新たな問い合わせがあったらしい。
間一髪。ラッキーだったのかもしれない。
正式な契約書は家に、保証人に関する書類は実家に郵送してもらうということで、この日は一応終了した。

心地よい疲労か・・・?
疲れた。ホント、疲れた。
早く大阪に帰ろう。
下北沢から渋谷、渋谷から東京、東京から新大阪、新大阪から南森町。
今考えると、下北沢から南森町までの記憶が飛んでいる。
覚えているのは、南森町駅の階段を登りきって懐かしい風景が目に飛び込んできてから。
懐かしいといっても、3日しか離れていなかったんだけど。
家に帰り着いたのが夜8時ごろ。
荷物も片付けず、埼玉の叔母さんち、神戸の実家、友人たちに次々と電話した。
同じ話を何度もした。
みんなの声が嬉しかった。
そうしているうちに、やっと現実感を取り戻したような気がする。
で、興奮を引きずったまま浅い眠りについた。


そもそも編 終わり
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